カテゴリ「活動実績」
『相続税・贈与税 事業承継のための非上場株式等に係る納税猶予の実務と申告書の記載例』(大蔵財務協会)という本を執筆しました。
「非上場株式等に係る相続税及び贈与税の納税猶予制度」は、中小企業者にとっては、非上場株式等の価額の80%相当額の相続税額(贈与税については全額)が猶予されるのですから、今後、都市部を中心に適用件数が増えていくことは間違いないと思われます。
先般、この事業承継税制の先駆けとして「事業承継に活かす非上場株式の評価の仕方と記載例」を発刊いたしましたが、好評を博し、読者の方々から様々なご意見を頂きました。
前回の本の内容が非上場株式等の評価の仕方だったのに対し、今回、発行する本書は事業承継の実践本です。この2冊を読破することにより、事業承継税制については、ほぼ理解できるのではないかと思っています。
さて、具体的な本書の記載内容ですが、事業承継税制の法律の施行期前後に百花繚乱のごとく出された多くのノウハウ本に対し、実務に即した形式になっております。
本書では、法律施行期には未だ発遣されていなかった法令解釈通達等を含み、平成22年度の税制改正(一定の外国会社等の株式に対する扱い)を追加し、申告書の記載例から多数の設例まで多彩な内容を織り込んでおります。
また、納税猶予制度は、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」と租税特別措置法の2つの法律の要件を満たす必要があることから、措置法だけでなく、円滑化法についても順序よく解説しております。
そういった意味では、入門者からプロまで対応可能ではないかと考えております。
この納税猶予制度は、導入前は、適用が認められる業種も限られるのではないかと噂されましたが、結局のところ、株式ホールディング会社からパチンコ業などまで広範囲の業種を対象としており、使いやすさもある反面、特別関係会社(同族関係者で議決権割合の50%を超える会社など)が風俗営業会社又は上場会社に該当しないことなど、やや厳しすぎるのではと思わせる要件もあります。
しかし、この制度は、諸々の条件をクリアーできれば非上場株式等に係る相続税の80%相当(贈与税は全額)が免除されるので、極めて適用効果の高い制度であるといえます。これまで、市場で売買できない非上場株式等の評価額が高くて相続税の負担に悩まされていた方々からしてみれば願ってもない制度の誕生といえるかも知れません。
従来までの相続税対策は、自社株を従業員や取引先あるいは親族などに持たせ分散させることにより、なるべく株式等を所有しない方法が主流でしたが、この納税猶予制度は、同族関係者で議決権の50%超を保有することや筆頭株主であることが条件とされ、さらに納税猶予の対象は、発行済株式の3分の2まで認められることなど従来とは異なる株式の集約化が期待されます。これにより会社の経営に関する迅速な意思決定にも寄与するかと思われます。
さて、この納税猶予制度は、納税猶予の適用を受けた後、納税猶予の免除がされて完結するものであり、申告書を提出したからといって終わりではありません。申告書の提出後、5年間は従業員の確保など特に注意を払う必要がありますが、適用から免除までの一連の中でとりわけ重要なポイントが、納税猶予制度の適用を受ける前の経済産業大臣の「確認」です。
納税猶予制度は、経済産業大臣の「認定」を受けた中小企業者のみを適用対象としていますが、この「認定」を受けるためには、前もって経済産業大臣の「確認」が必要となるので、結果として、必ず経済産業大臣の「確認」が必要となります(ただし、平成22年3月31日までに開始した相続のほか一定の相続は、事前の「確認」が不要です。)。
この「確認」とは(確認の具体的な内容などは本文にあります。)、中小企業者の株式等について特定の後継者が取得する具体的な計画を有しているかどうかを経済産業大臣が前もって「確認」し、具体的な計画を有する中小企業者のみ納税猶予の対象とする、言わば事前審査のような役割を有しています。
したがって、経済産業大臣の「確認」を受けずして、先代経営者が亡くなった場合には、後継者(相続人)が相続税の申告に当たり、納税猶予の適用を受けたいと考えても適用できません。ここが非常に重要なポイントです。
実際に私が受けた相談でも、相続人が娘だけで、後継者を娘婿にするか決めかねているとか、長男、次男が会社の役員だが、どちらか一人を後継者とするのには迷っているなど結論を先延ばしにしている方がいましたが、先代経営者の没後、遅かれ早かれ後継者問題は生じるわけですから、ある程度、先代経営者の手で後継者問題を解決し、非上場株式等に係る納税猶予の選択の余地を残すほうが賢明だと思います。
もちろん、経済産業大臣の「確認」を受けたからといって納税猶予の適用を必ず受けなければならないというものでもありません。
そして、次に重要なポイントは、納税猶予制度の適用を継続していくためには、経済産業大臣の「確認」を常に受けておく必要があるということです。
例えば、非上場株式等の贈与税の納税猶予を適用して後継者に株式を贈与した後、後継者が不慮の事故で亡くなった場合などは、確かに後継者が死亡したことにより、納税猶予中の贈与税は免除されますが、後継者の死亡に係る相続税についてはどうでしょうか?
このような場合には、経済産業大臣の「確認」を受けていなかったために、相続税の納税猶予制度の適用が受けられなかったということになる恐れがあります。
したがって、この納税猶予の制度は、常に、後継者を誰にするか決めておく必要があり、後継者が決まったからといって安心せずに、新たな事業承継を念頭におき、そのための対策を講じておくことが重要です。
上記以外にも、事前に株券の発行を済ませておくこと(担保提供のため)及び後継者については万が一に備えて役員にしておく(贈与の場合は3年以上の役員であること)など、納税猶予の適用を念頭においている中小企業者の経営者の方は、前もって必要な準備手続に注意を払う必要があります。
何度も繰り返すようですが、事業承継税制は、真剣に事業承継を考えている会社のみを対象としていますので、後継者を誰にするかあらかじめ決めていない中小企業者については、納税猶予の適用はできないことになります。
先代経営者に相続が生じた場合、この制度を利用するかを判断するのは相続人(後継者)ですので、先代経営者の方にはできるだけ早い時期に次の後継者を決めて、この制度の適用が受けられるように事前の準備を進めてほしいと思っております。
まだ、この制度は始まったばかりであり、制度として利用し難い点も多々あろうかと思います。しかしながら、未熟な制度であるが故、改善されていく余地は多分にあるかとも思います。日本を支える中小企業者のために、今後、使い勝手が良くなり、利用者が増えていくことを願っている次第です。
中小企業の経営者及び税理士並びにその関係者の皆様に、この制度を少しでも理解していただき、本制度の適用に当たって、本書がきっかけとなれば幸いです。